1891年 5月6日朝 、ニコライ皇太子ご一行、鹿児島湾入港。
午前 8時10分 鹿児島の町に 21発の花火が打ち上げられ、公爵島津忠義、有栖川宮威仁親王 、鹿児島県知事山内提雲をはじめ書記官が、正装にて波止場でお出迎えなさり、市民も大歓迎。鹿児島古来の撃剣と棒踊りを披露し喜ばれたと伝えられております。
そして、この島津忠義公屋敷である「仙巌園」到着が当日の午後。
園庭での200 人ほどの武士装束の侍踊りや犬追物の催しに驚嘆なさり、それとは対照的な広間での武家子女による琴の演奏や、日本料理のもてなしの優雅さに、感嘆のご様子であったと報告されております。
そんな当時の秘話をお伺いしながら、素晴らしい庭園と御殿座敷を散策。ご案内は、広報部長の有村博康氏。ニコライ皇太子来鹿時の風景に思いを馳せながら、ヤクーシェフ様ご一行の皆さんも、感慨深げに会話が弾んでおりました。